メンテナンスは面倒くさい

あれこれ家の中のことをやっていて思うのは、メンテナンスほど面倒くさいことない、っていうこと。
例えば、衣替え。 冬の間に来ていたコートやスーツ、セーターやスカート。 テレビでは、これらをそのまま洋服ダンスやクローゼットにしまうと、知らない間にくっついていた虫の卵が孵化して、衣服を食い荒らしてしまうので、きちんとクリーニングに出したり、自分で洗濯してから、しまいましょう、などと言っていました。 特に、天然素材の、値段が高い一張羅的なものほど、悪い虫が食いつく傾向が高いんだとか。
…ということで、この季節の大仕事がひとつ増えるわけです。 
クリーニングに出すものに関しては、(1) クリーニング屋さんに持って行く、(2) 1週間後に取りに行く、(3) 防虫処置を施す (4) タンスにしまう、という4手順の作業が発生します。
一方、自分で洗濯するものに関しては、(1) 家庭用ホームクリーニング洗剤を買ってくる (2) 洗濯機のマニュアルに沿ってドライ洗濯をして干す (3)乾いたら、アイロンをかける (4) 防虫処置を施して、タンスにしまう、となります。
要するに、アウトソーシングするにしても、内製化するにしても、どちらも面倒くさいのには変わらないのであります。手間ヒマかかってしまうのであります。 しかも、相応のお金もかかるのであります。
いっそのこと、みんなぶんなげて、秋が来たら、新しく秋冬物を全て買い直す方がどんなにかラクなことかと思います。 そうすれば、その時の流行の物を全身分揃えることができます。 加えて、前年以前に買った流行遅れの物をどうやって活かそうか、などと余計なことに気を回さずに済みます。 新しい服を好き放題買ってきて、がら空きのクローゼットに、ほいほい入れていく気分はどんなにか爽快でしょう。 ああ、一度やってみたい〜。 究極の衣替えからの解放。
しかし、お金の問題ではなく(いや、もちろんお金の問題が大きいのですが) 、それがなかなかできない理由がひとつ。 冬の間にお世話になった服達がかわいそう…ってなことだけ。 恩義ある品々に、そんな仕打ちをできようか、(いやできまい)。 かくして、zabbonのクローゼットは、うんと昔の服までお住まいになっている状況なのです。
まぁ、ぶんなげる・なげない、の話はともかく、その他、メンテナンス(特に掃除)の類がみんなそう。 台所、お風呂、居間、ベランダ、玄関、トイレ…、とにかく、どれもこれも手間ヒマかかって、エンドレスなのであります。 この前やったばかりなのに、もう…!? なのであります。 モグラたたき状態なのであります。 しかも、やらないと、後がたいへんなことばかりなのであります。 とにかく、持久力と技術とチェック力が問われる重労働なのであります。 
なので、最近、何かで発表された「家事に関わる労働対価は年間1300万円」っていうのは、特だん驚くべき金額ではないと思います。 メンテナンスというのは、それだけ高付加価値を持つサービスなわけです。 家電メーカーだって、アフターサービスにうんとお金をかけています。 なので、家の中で快適に心地よくすごすための手間ひまが、このくらい高額に換算されても不思議でもなんでもないと思います。
だって、やらないと、本当に後が面倒くさいことになるのがメンテナンスなんだもの。 台所の油汚れを放置すると”ああ”なるし、衣替えをしないでみんなぶんなげると、お金や新しく買ってくる手間ひまがかかることになるし…。 
てなことで、今現在、そうなっていない状況を発見するにつけ、過去の自分に対する感謝と尊敬の念が湧いてきます。 ああ、あの時の手間ひまで、自分も家族も、支障なく今日を生きているんだなぁ、ありがとう、あの時の自分よ…と。
と何やら説得性と納得性に欠ける結論に落ち着いてしまいましたが、まぁ、メンテナンスは未来のため、ってあたりが、落としどころですかな。