ひよどりと、じかにご対面

スギ花粉はだいぶ終わったようですが、今はヒノキ花粉がたくさん飛んでいるようで、本日の天気予報では「明日のヒノキ花粉飛散状況」というのがやっていました。
「スギ」と「ヒノキ」。この似て非なるものをきちんと分けて情報提供してくれる気象庁の国民へのきめ細かなハイリョに、感動を禁じ得ません。 そして、本日のヒノキ飛散状況は、「やや多い」でしたが、なんと、zabbonはマスクなしで歩き回っても、くしゃみひとつでなかったのです。
もしや、今年のスギ花粉禍は、終了したのでしょうか?
明日から、クスノキ公園を歩いて会社に通えるんでしょうか?
そしてもう、窓を開け放っても大丈夫なのかなぁ?
買い物から帰ってきて、おそるおそる窓を開けて、風を入れてみたら、大丈夫でした! 全然、鼻がムズムズしません。くしゃみも出ません。
そして、いつものかわいい子がやってきました。この冬、ずっとうちのベランダに通い続けてきた、くだんのひよどりです。 
その昔は、せっかくりんごやバナナをあげようとしても、窓ガラスに近づくだけで用心して逃げてしまったものですが、最近は、すっかり慣れて、窓を開けても大丈夫。 軽やかにベランダの柵の少し離れたところに飛びよけて、エサをセットアップするまでジッと待っているようになりました。
いつもは、窓ガラス越しにご対面していたのですが、今日は、直接対面です。 ひよどりの方も、窓が開いていて部屋の中には人間がいるのに、ちっとも怖がりません。 こちらに背中さえ向けて、バナナを食べてます。 
その背中の真ん中辺りのグレーと茶色の境界線もハッキリと見えて迫力があります。 
スギ花粉禍の時期が、年度末や年度初めの忙しい時期に毎年重なるものだから、毎年、この時期にジワジワと体力をそぎ取られていることを実感します。 おかげで、病気でないのに具合が悪い、という、あたかも仮病のような症状に、ここ数日、見舞われ、しかたがないので意識的に睡眠時間を増やして養生に励んでおりました。
そう、スギ花粉の被害はスギ花粉による直接的症状だけではないのです。 これに加え、数え上げてみれば、(1)それを避けるために戸外に出られないから日光や風に当たることができないこと、(2)命の喜びに満ちる春の季節に直接触れることができないこと(今年は桜を見なかった)、(3) 症状緩和のため、日頃飲まない薬品類を摂取すること(体に負担をかけるので、近年は花粉対策用の医薬品は飲んでいません)、そして、(4) 何かとせわしない多忙な時期だから、ツライのに無理をしなければならないこと、などなど挙げられます。 ただでさえ高齢化ニッポン、こんな風に体に負担がかかり、活力を奪うスギ花粉の影響、経済的視点からこそ、甘く見てはいけないんではないかと思います。 
これを大局的な視点から何とかしてくれる政治家が現れないものでしょうか。 石原都知事が100年計画などというのをやっていたような記憶がうっすら甦りますが、こちらとしては「来年何とかして欲しい」、というのがホンネのところ。 スギ花粉関係にかかる医療費を削減できれば、今、医療費関係の軋んでいる分野にその分、回せるし、関東地方のスギ山の手入れをきちんと行うことで(杉の木の枝葉をある程度落とすことで、花粉飛散量もだいぶ減るんだそうです。あと、伐採した枝で作ったお箸をマイ箸で売る、とかの工夫もできそうだし)、環境保全にも繋がると思うし。 けど、儲けが期待できないから、やっぱり税金でまかなうべき分野かと思うんで、やっぱ政治家の仕事かと。 政治の世界には、しがらみとか既得権益とか、一般ピープルには理解できないしくみがいろいろあるようですけど、スギ花粉関係だけでなくて、国民の健康とか権利とかを真剣に考えてくれる人がいないもんかと、心底思う今日この頃です。